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1995年 忘れないこと①

1995年2月10日。
私は、阪神大震災の被災者が避難する鷹取中学校にいた。

当時、被災者の方々の手助けをしたいと集まってくる大勢のボランティア
をまとめるためのボランティアを社会福祉協議会が募集しており、神戸に
友人がいた私は、いてもたてもたまらず、それに応募したのだった。

会社を長期間休むことはできないので、3日間の休暇に土日をはさんで5
日間、私は社会社会福祉協議会の皆さんと、その趣旨に賛同して集まった
ボランティアの皆さんとともに、寝袋持参で鷹取中学校に滞在した。

運動場にたてたテントが、私の仕事場。
被災者の皆さんからの要望をきき、多い日には200人も集まるボランティア
の皆さんに仕事を割り振るのが私の役目。

「洗濯物を干す場所が不足しているので何とかしてほしい」
「自転車が壊れた」
「食料テントの人手が足りない」
「近隣の幼稚園から、ボランティアの支援要請がきている」

その一つ一つに、社会福祉協議会の方々と相談しながら、対応していく。

あるとき、学校が停電になった。

何人かが修理を試みたが、みんなギブアップ。
そこで、「アンタの会社、神戸にも事業所があったよな。仲間の人に頼んで
みてくれんやろうか」。

神戸の事業所も大変な被害にあっており、「それどころじゃないから、無理
だと思うけどなぁ…」と思いつつ、思いきって電話をかけてみると、なんと二つ
返事でOK。すぐに駆けつけてくれた。

どんな故障だったかは知らないが、1分とたたないうちに停電が復旧。
「今は自分とこのことだけ考えとる場合やないから」と言った神戸の仲間の
言葉が今もココロに残る。


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テーマ : ひとりごとのようなもの
ジャンル : 日記

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プロフィール

バウワウ(因幡智子)

Author:バウワウ(因幡智子)
ある時は会社員、ある時はバンドのヴォーカル、ある時はボランティアのスタッフ、そしてある時はキャリア・イノベーション協会のアンバサダー☆
ポリシーは「人生を諦めない」(^.^)

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