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1955年 忘れないこと② 

1995年2月11日。
当時、神戸の鷹取中学校には、約1300人の方々が避難していた。

おにぎり、菓子パン、カップラーメンが主食だが、せめてあっかい
汁物を…ということで、大きな鍋で炊き出しをする。

たまに、任侠道を歩んでいる…と思われる方々が、大きな鍋や
たこ焼きの道具を担いでやってくることがあって、校庭に出現した
露店に、長い行列ができた。

一番人気があったのは、明石焼き。
「私たちも食べた~い」と思う気持ちを抑えつつ、横目でみていたが、
どうやら、アっという間に完食となったらしい。

すると、私たちの視線を知ってか、知らずか、任侠道を歩んでいる…
と思われる強面のオニイチャンが、少し肩をいからせながらカツカツ
とテントに向かって歩いてきた。

「な、なにぃ…」と思っていると、オニイチャンは、何も言わず、
私たちの前にある机に“ゴン”と拳を突き立てた…ように見えた。

「お、おぉ…」と思っていると、オニイチャンは、何も言わずに去って
ゆき、机の上には、山盛のチョコレートが。

嬉しかった。

さて、大きな鍋。
炊き出しで使った大きな鍋は、校庭の洗い場で洗う。

「ジャンケンして負けた人が洗おう」と提案した本人に、その役が
まわってきた。

お湯に慣れた私にとって、雪の散らつく校庭の洗い場の水は、めっぽう
冷たい。しかも、鍋のでかいこと。

すると、傍らで洗濯をしていたオバチャンが、「私、ゴム手袋しているから、
それ、洗ったげるよ」と声をかけてくれた。

被災者の方に手伝っていただくなんて…と内心まごついていると、
「ええんよ。お互いさまやから」

私は、言葉に甘えることにした。

「被災者の方にために…」と意気込んできた私だったが、「…のために」
とはトンデモナイ自惚れで、「一緒にがんばるんだ」という気持ちで
なければ、被災者の方が本当に望むことはわからないということを教え
られたのも、この頃だった。

To be continued

テントの前で、たまたま撮影した1枚。
寒さ対策で着ぶくれているのか、太っているだけなのか…。
100110_112956.jpg
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テーマ : ひとりごとのようなもの
ジャンル : 日記

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バウワウ(因幡智子)

Author:バウワウ(因幡智子)
ある時は会社員、ある時はバンドのヴォーカル、ある時はボランティアのスタッフ、そしてある時はキャリア・イノベーション協会のアンバサダー☆
ポリシーは「人生を諦めない」(^.^)

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